「世界一ロックダウンな都市」メルボルンの都市封鎖が先週末、遂に(ほぼ)明けた!
16歳以上のワクチン接種率が70%に達した10月22日に1部解除されて、今回80%に達したので29日18時から本格的に明けたのだった。(ほぼ)と入れたのは、ワクチン2回接種者に限ってレストランで飲食できるとか、屋内の人数は敷地面積によって何人まではOKとか、まだいろいろと規制があるからだ。
それでもビクトリア州政府は、もう2度とロックダウンはしないと宣言している!
これでやっとブティックとか雑貨屋さんとか、スーパー以外のお店も開いたわけだ。ようやっと店内ショッピングの喜びが戻ってきた。そうなの、試着もできる!のよ。
サイズのあまり変わらない娘はともかく、息子は最近身長がぐぅんと伸びて、半年前に買った服がすっかりつんつるてんになっていたし。私はロックダウンと骨折でろくに動かなかったせいで、すっかり丸っこくなってしまったし(涙)。サイズアップした服を買いたくても、オンラインだと試着ができないから返品するのも面倒で、どうせ外出規制で大したとこにも出かけられないからと延び延びになっていたのだった。
それにしても長かったわ、ロックダウン。延べ日数にして260日を超えてしまった!?んだそうで。
まあ、私なんかは右足の骨折であまり動けなかったから、もともと不便だったしで、大した弊害もなかったけれど(ちなみにロックダウン中にかなり回復して、今ではふつーに運転してます)。息子の方もオンライン授業は去年ですっかりお馴染み、葛藤もなさそうだったけど。つーか、朝寝坊はできるし、制服に着替える手間が省けるどころか酷いときにはパジャマのままで、とにかくぐだぐだ臨めるからむしろ歓迎していたし。
だけど娘の方はやはり気の毒だったナ。生来おっとりと、流行にも左右されず我が道をゆく派なので、うっかり忘れてしまうけど、彼女は女子大生なのだった。一昨年受験を終えて始まった花の大学生活なのに、去年は1日行っただけでオンライン授業になってしまったし。今年は晴れてキャンパスに通えるようになったと喜んだのも束の間、またもやリモート学習に戻ってしまったのだから。彼女たちの年代でロックダウンというのはやはり気の毒だ。
そうそう、ロックダウン中に息子の高校受験が終わった。試験も筆記も面接もすべてオンラインだった。我が家はこの数か月間ネット接続が不安定でプロバイダーが調査していたという状態だったから試験中に接続がドロップしてしまったら…と心配したけれど、無事に合格できた。年が明けたら国立大学付属の科学高校に通う。ここは娘の母校でもあり(なんと首席で卒業したのよ!)、今はここの大学生なので、来年は時々一緒に通学するそう。姉弟仲が良いのも嬉しいことだ。
それにしても、去年の3月からオン&オフで長々と続いてきたロックダウン。社会も自分も、いろんなことが変わったなぁと改めて実感してしまう。私の場合、気づいたら肥えていたとか、わかりやすい変化にくわえて顕著になったことがある。物忘れね。物忘れや度忘れが、ぐぅんと酷くなったのよ。
先日も、スーパーで出くわした友達と立ち話をしていたときのこと―
大工さんを知らないかと聞かれて、そういえばAさんが、電気技師や大工仲間は大勢知っているから必要なときは自分に聞いてくれとか言っていたことを思い出した。共通の友人でもあるので、連絡を取ってみればと勧めたのだけれど、連絡先は知らないという。それでもたもたとスマホを取り出し、Aさんの連絡先を見つけたものの、筆記用具を持ってないからスマホにテキストで送ってほしい、と。 「じゃあ忘れないうちに今送るわ」と今度は友達の名前を検索しようとして、ハッとした。
あれ、この人、なんて名前だったかな?
さっき呼び止められて挨拶を交わしたときには自然に出てきた名前が出てこなかった。確かに呼び止められたときには「あ、ハーイ、****」と名前を呼べたのに…。
彼は、コロナ禍でロックダウンになる前はチベット仏教センターで毎週のように顔を合わせていた、もう十年来の友達だった。なのに名前が思い出せない。さっきは自然に出てきた名前が、なぜだかもはや思い出せなくなっていた。ほらほら、何てったっけ、あれあれ… 名前はすぐそこまで出てきている(ような気がする)のに、現状はカスミの向こう。突然その周りに重たい霧が立ち込めてしまったかのように。
「大丈夫? どうかした?」とスマホを覗き込んだ友達に
「あんた名前、何だっけ?」
とは、さすがに聞くこともできず、
「なんかスマホが…。帰ってからテキスト送るわ」と誤魔化して携帯をしまった。
名前を思い出したのは家に着いてからだった。約束通りテキストを送りながら(幸いこれは忘れなかった)、自分の記憶力が恐くなった。
先日は友人の夫の名前を平然と間違えていたのだった。しかもその前日に彼女が遊びに来て、そのときご主人の話も出ていたのに。少し前に車のバッテリーがおかしくなったときも夫婦そろって直しに来てくれたのに。ダンナさんのことを全く違う名前で呼んでいたことにさえ自分では気づかなかった。
「誰、それ?」と彼女に言われて私も思った。
「誰だよ、それ?」と。
オージーの、カタカナ名前のせいだってことは絶対にあると思う。これがイギリス系ではなくインド系とかロシア系とか耳慣れない名前になると、そもそも最初から聞き取っていないということも実際、多々ある。「パードン?」とか「エクスキューズミー?」とか何度も聞き返すのも申し訳ないし面倒なので、うやむやにしてしまうことも多い。考えてみれば昔から子どもたちの友達の名前が思い出せないなんてことはしょっちゅうだった。
だけど何年も聞き慣れ呼び慣れた人たちの名前を度忘れしてしまうっていうのは…。最近じゃあ日本人の名前だって怪しいものだし。
「ママ、大丈夫? ちょっとボケてきたんじゃないの?」と、子どもたちからまで案じられる始末。昔は毎日慌ただしくてマインドフルネスが足りないせいだと思っていたけれど、今じゃあ脳の老化も気になってきたゾ。
実家で一緒に住んでいた母方の祖母は、認知症だった。
初めはカタカナで表記する日本語、いわゆる外来語を思い出せなくなった。テレビで野球中継をしているときなんかに「バッド」と言おうとして思い出せず「野球の棒」などと言っていたっけ。
それが90を過ぎて転んで骨折し、寝たきりになってからはますます物忘れが酷くなった。よく聞く話だけど、食事を食べたかどうかが思い出せなくなり、そのうちいろんなことが祖母の記憶から抜け落ちていった。人の名前や関係も思い出せなくなり(ちなみに私も忘れられてしまったが、自分の母親のことはかなり長いこと覚えていた)、そのうち自分の年齢もわからなくなって、祖母はどんどん若返り、いつのまにか幼い少女になっていた。最後のころは、自分自身の名前さえ思い出せなくなってしまったのだった。
母も最近、物忘れが酷くなった。
夫の病気とコロナ禍の国境閉鎖で3年近く会えておらず、電話で話すだけだから余計にそう感じてしまうのかもしれないけれど、会話をしていても辻褄の合わないことが多くなった。息子が合格したときも、「まあ、それは良かったね。おめでとう!」とすごく喜んでくれて、父にも伝えると言っていたのに、全く父には伝わっていなかった。その翌週も、その次に電話したときも今初めて聞いたかのように「まあ、それは良かったね。おめでとう!」と喜んでいた。
そうして話の辻褄が合わなくなってくると自分でもおかしいと気づくのか、そそくさと電話を切ってしまう。突然ブツッと切れて「プープープー」と鳴り出すのももはや日常茶飯事である。昔はそんなことは絶対にしなかったのに…。
とはいえ母は80歳を過ぎている。祖母も混乱が始まったのは90近かった。私の場合、この年で認知症が始まってしまうっていうのは…
スーパーで立ち話をしたその日、5、6分前には覚えていた名前がどうしても思い出せなかった話を日本の友達にした。
「そんなの、私もよくあるよ。心配することないよ」と、私と同年代の彼女は笑い飛ばし、自分の失敗談を話してくれた。
慌ただしく疲れ切って帰宅し、マンションのポストを開けようとして暗証番号が思い出せなかったのだそうだ。もう20年近くそこに住みポストの番号も押し慣れているのに、なんとしても思い出すことができず結局ダンナさんに電話して番号を聞いたのだという。「3桁だったのに、そのときはなんでだか4桁だと思い込んでしまってたのよ。それで全然ダメだったのね」と。
屈託のない笑い声に、そうか、皆そういうことってあるよね、と一緒に笑った。まあ実際、自分たちがそうだからといって、それが年齢的に自然な現象なのかどうかはわからないのだけれど。
度忘れと認知症の境はどこだろうか…。
などと考えつつ思ったのだった。そうか、これってば「ロックダウン惚け」かも、と。
うちの祖母に限らず、寝たきりになると認知症の兆候が始まることが多いという。思えば去年今年とロックダウンが続いて、移動は5キロ圏内とか、外出の理由は生活必需品の買い出しやエクササイズなど4つだけだとか(今年はこれにワクチン接種が入ったけど)、外出規制はもとより、いろんな機関が閉鎖されて、人と会う機会も激減してしまった。日常世界が極端に狭くなって、毎日が単調になったせいで、記憶力にも弊害が出ているのかもしれないナ。私の場合以前にもまして(カタカナの) 名前が思い出せなくなったのも、そのせいじゃあなかろうか?と。
だから、ロックダウンが明ければ―
自分の度忘れや物忘れも少なくなってゆくのではなかろーか? いや、ゆくだろう。つーか、ゆくと思いたい。
まだまだコロナ禍、油断はできませんが、皆様もお身体にお気をつけてお過ごしくださいませ。
写真は、我が家の友達マグパイ一家です。ロックダウン中も毎日遊びに来てくれていましたが、このところティーンエイジャーに成長した雛鳥連れで現れるようになりました。右からママさん、雛ちゃん、パパさん。実はこのマグパイ夫婦、一昨年は交通事故で、去年は嵐で雛鳥を亡くしている。今年こそは、この子が無事に成長できますように、と切望してます。大きくなってね!
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